開国の父 老中・松平忠固
開国の父 老中・松平忠固

松平忠固年表

③ 日米和親条約締結~老中辞任
西 暦 和 暦 出来事
1854 嘉永7年 1/14 ペリー、再来航
1/16 第1回応接。応接役は主席に林大学頭、自席に井戸覚弘
2/1 忠固、井戸へ密書送付「いちいち老中に聞くな」
2/1 斉昭、万次郎瑞香を反対
2/10 ペリー、横浜上陸 電信機、銀盤写真機、蒸気機関など贈答。力士披露
2/29 ポーハタン上での祝宴
3/3 日米和親条約調印 下田と函館が開港 3/3は厄払い
3/17 斉彬、西郷を御庭番に任命
3/18 斉昭、条約締結に抗議、登城を停止
3/28 プチャーチン、3度長崎に
3/27 松蔭、下田にてペリー艦隊に密航を図る。失敗、そして投獄
4/6 象山、密航関係者として投獄
4/10 阿部、老中首座辞意を表明。槙野も同調
4/13 阿部、家定の慰留により老中首座継続。溜間クーデター失敗
4/30 斉昭、海防参与を辞任「俺は田園の案山子か」
5/5 直弼、警護地変更、江戸から京へ
5/10 浦賀奉行の鳳凰丸竣工 日本初の様式軍艦
6/1 ペリー、離日
7/5 斉昭、軍制参与に就任。講武所や海軍所の改革トップ
7/9 政権、日の丸を日本の国旗とする布告
8/2 英国東インド艦隊ジェームズ・スターリングが長崎に。プチャーチン補足の為
8/23 日英和親条約締結 水野忠徳、永井尚志が偉業 【101】
9/18 松蔭・象山、軽い判決。判決下したのは北町奉行井戸覚弘
10/21 忠固、上田産物を江戸で販売する願い出
1854 安政元年 12/21 日露和親条約締結 岩瀬忠震がプチャーチンと交渉
1855 安政2年 2/5 政府、講武所を設置 様式銃隊を編成し練兵を奨励
6/30 斉昭、軍制参与辞職と共に忠固・乗全の辞任要求
7/3 斉彬、日本初の蒸気船機関完成 諸大名を招いて藩邸で公開運転
7/22 政府、海軍伝習所を長崎に設置 総監に永井尚志
8/4 忠固・乗全、老中更迭 阿部辞職願も斉昭政務参与就任を条件に継続
8/9 石河政平、勘定奉行から一橋家過労に
8/14 斉昭、政務参与就任 三度目の参与 55歳
8/23 斉彬、蒸気船雲行丸を品川沖で試運転航行させ成功
8/30 政府、洋学所を開設 洋書を講習させる(後の東大)
9/18 政府、日米和親条約について禁裏付都築らが京へ報告 孝明天皇24歳 【109】
10/2 安政江戸地震、小石川水戸藩邸で藤田東湖死去
10/9 阿部、老中首座を辞し堀田正睦を再任させ老中首座に据える
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