開国の父 老中・松平忠固

日米修好通商条約

【100】日米修好通商条約は不平等条約ではなかった≫

日米修好通商条約は不平等でなかった

無能な幕府は外国におそれをなして開国した

おそらくそれが、一般的な幕末の開国の認識だと思います。

私も教科書でそのように習いました。

ですが、その不平等条約といわれる日米修好通商条約は、実は条約締結時は不平等ではなかったのです。

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【106】修好条約と天津条約の税率≫

不平等条約である天津条約との比較

1858年、日米修好通商条約締結のわずか1カ月前に結ばれた天津条約。

この天津条約はアロー戦争(第二次アヘン戦争)によって欧米列強と清国が結んだ条約で、半植民地的内容です。

この条約の関税は5%、対する修好条約は20%(一般品)。

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【107】より有利な条件で≫

直前に結ばれた天津条約

日米修好通商条約締結直前に結ばれた条約があります。

それが天津条約です。

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