開国の父 老中・松平忠固

【123】日本初の外資系企業は≫

日本に初めてやってきた外資系企業

日本に初めてやってきた外資系企業をご存知でしょうか。

横浜が開港して第一着に入港したのは、オーガスチン・ハード商会という会社です。

貴金属商社なのですが、これは条約交渉をしたアメリカ総領事ハリスが、日本の小判(金)が世界と比べて異常に安かったことに目を付け、商会の支配人ドールを副領事にして換金で儲けようと連れてきた会社でした。

実際の商取引をする外資系企業は開港第三着・ジャーディンマセソン商会。

この会社こそ日本における外資系企業第一号、と言えるでしょう。

御開港横浜之全図

 

 

 

ジャーディンマセソン商会とは

ジャーディンマセソン商会といってもあまり馴染みがないかもしれません。

しかし、現代でも世界最大級の国際企業グループとして存在していて、一番分かりやすいのは高級ホテルブランド『マンダリン・オリエンタル』でしょうか。

そして何といっても、現在でも世界トップ銀行の一つであるHSBCの設立者だということ。

【 wikipedia ジャーディンマセソン 】(香港上海銀行のwikipediaでは設立者ではない)

『HSBC』は『香港上海銀行』の頭文字ですが、当然中国の会社ではなく(中国はまだありませんし)イギリスの会社であり、アヘン貿易で巨大になったジャーディンマセソンが中国から本国へ送金するために設立したのがHSBCです。

 

 

 

開国直後から生糸貿易を開始

アヘン貿易によって莫大な利益を上げたジャーディンマセソン商会。

その東アジアを席巻する会社が開国した日本へ一番乗り(三番ですが)でやってきました。

そして、開国直後から膨大な生糸貿易を始めることとなります。

ちなみに、波止場に一番近い丸印の『英一番館』と呼ばれるジャーディンマセソンの商館を建てたのが鹿島岩吉。

鹿島建設の創業者です。

 

 

 

 

“【123】日本初の外資系企業は” への2件のフィードバック

  1. 加藤廣志 より:

    HPの作成・運営、ご苦労さまです。
    私は松山市の加藤廣志と申します。松平忠固公を知り得た契機は、ジュンちゃんブログ(youtube)での関良基氏との対談からです。
    それでもっと多くの人に松平忠固公を知ってもらいたいと思い、私のHP(http://h-katou.chobi.net/900ishin.html)や関良基氏の書籍で拡散を図っています。
    それで改善意見ですが、年表メニューを見ようとすると残念ながら③までしか見えないので、改善していただければと思います。

    • 本野 敦彦 より:

      加藤廣志様
      当HPを運営している本野敦彦と申します。
      この度は、コメントを頂き、誠にありがとうございます。

      もっと多くの方に松平忠固を知ってもらいたいという加藤さんの思い、私も同じでございます。
      関良基先生とは日頃から懇意にさせて頂き、何とか活動を盛り上げていこうという認識で一致しております。

      また、HPに関するご意見も重ねて御礼申し上げます。
      リンクは問題ないようなので、おそらく「記事がない」ということかと存じます。
      実は、年表順に順番に記事を書いているのですが、年表②が終わった状況で、ドラマ脚本のアップロードが始まってしまったので、記事の更新がストップした状況となってしまいました。

      見えないのでなく、まだ投稿されてない、という状況で申し訳ございません。
      脚本のアップも終わったので、また通常の記事のアップも再開していこうと思います。
      年表③~⑤の中にも大事な事件は少しだけ、記事のリンクがございますので、もしよろしければご覧下さい。

      今後ともよろしくお願いいたします。
      コメント、ありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

開国の父 老中・松平忠固

PAGE TOP

© 開国の父 老中・松平忠固史 2020 All Rights Reserved.