開国の父 老中・松平忠固

【133】阿部正弘、異例の昇進≫

忠固失脚の年に大きな政変

忠固が寺社奉行を罷免され、鳥居耀蔵が勘定奉行へ出世し、政争に「勝負あった」と思われたこの年の秋、大きな政変が起きます。

最高責任者である老中首座・水野忠邦が解任されるのです。

しかし、それは本格的な政権交代ではなく、低レベルの内ゲバ・足の引っ張り合いでの交代劇でした。

そんな水野忠邦解任と同時に実行されたのが阿部正弘の老中就任です。

 

 

 

一気に老中へ

阿部正弘は寺社奉行から一気に老中へ、異例の昇進をします。

老中になるには寺社奉行の次に、大阪城代か京都所司代になるのが定例だからです。

そんな異例の人事をせざるを得ないほど人材がひっ迫したのでしょう。

この交代劇で老中6人の内、水野忠邦・堀田正睦ら4人が老中解任となり、水野を追い落とした土井利位と真田幸貫以外は補充しなくてはならなくなったのです。

この時に、京都所司代・牧野忠雅と共に寺社奉行の阿部正弘と戸田忠温が老中となりました。

阿部と牧野、戸田は親類関係にあります。

 

 

 

 

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