開国の父 老中・松平忠固

【836】第3話 A4 『溜間』≫

○江戸城・溜間
広い大広間。
上座に溜間勢5名、下座に老中陣5名が座している。
『溜間』
老中席に阿部、忠優、牧野、乗全が座り、溜間席には高松候ら、阿部の対面に井伊直弼(38)が座っている。
高松候「こたび江戸湾にて異国人の上陸を許したというのは、一体全体どういうことなのですかな」
諸侯A「それも国書を受け取ったとか、それは紛れもなく幕府開闢以来の祖法を犯したことに相違ござらぬのではないか」
諸侯B「さすれば、それはご公儀始まって以来の大罪にも等しき暴挙ではござらんか。なんと申し開きされるおつもりじゃ」
老中陣「・・・」
うんざりする老中陣。
牧野「ですからっ」
高松候「ですから?」
牧野「まずはとにもかくにも、いきなりの開戦を避けるためでござるし、開戦するには軍備を整えねばなりませぬし、軍備を整えるには時間が必要である、しからば攘夷をするための時間稼ぎに成功した、ということでござる」
高松侯「な、なんじゃ?成功した?」
諸侯A「攘夷のための時間稼ぎ・・・?」
諸侯B「む、むう」
あっけなく納得したことに安堵する老中陣。
声「あいやしばらく」
老中陣、声の方を見る。
口を開いたのは、直弼。
『井伊直弼』

直弼「ここで問うべき一番の重要なことは、祖法を曲げるという重大な決定に対し、我ら溜間詰に何の連絡もなかった、ということではござらんか」
阿部をはじめ老中陣の顔を鋭い眼光で眺め渡す直弼。
N「溜間。それは徳川御家門を除く全国三百余候の大名の中で、最も家格の高い大名が詰める江戸城の控席で、彦根藩井伊家を筆頭に会津藩松平家、高松藩松平家など七ないし八家程度で構成されていた。中でも親藩である松平家を除くと、井伊家と酒井家の二家のみで、井伊家は35万石を誇る溜間筆頭、酒井家は出自は松平と同じ源流と言われ譜代大名筆頭とされていた。この溜間詰の大名たちは、儀式の際には老中よりも上席に座ることとされる程、その家格は高かった」
顔を見合わせる老中陣。
牧野「なにぶん時間がなかったゆえ」
直弼「時間がないでは済まぬ。そんなものはすぐさま報告を入れればすむこと。祖法を曲げるなど断じて許されることではござらぬ。それを勝手に決めるなど傲慢不遜、そなたたちの行いは恐れ多くも祖法を軽んじ、幕府の歴史を侮蔑しているに相違ないことでござろう」
老中勢「・・・」
直弼「そもそも我ら溜間に報告をあげないこと自体、そなた達の仕事ぶりは怠慢極まりないのではござらんか」
老中勢「・・・」
直弼「どうなのですかな、老中首座・阿部伊勢守殿」
阿部「・・・」
静まり返る室内。
忠優「・・・?」
あっけにとられたような表情の忠優。
隣の乗全に耳打ちする。
忠優「だれ?」
乗全が小声で答える。
乗全「彦根の新しい・・・」
忠優『ああ』というリアクション。
一同「・・・」
気まずい雰囲気。
面倒くさそうに忠優が口を開く。
忠優「必ず報告しなければならないという決まりも御座らぬ」
直弼「む」
忠優を睨む直弼。
直弼「伊賀殿、我らを軽るんじておられるか、決して容認できませぬぞ」
忠優「これまでもご報告したところで『その方らに任す』と言われて、特段意見はござらんかったではありませぬか。ですな、高松候」
いきなりふられて焦る高松候。
高松候「ん、あ、ああ」
忠優「貴殿はまだ江戸に来られて間もない。江戸城の事情もあまりご存じなかろう。そのあたりは高松殿ほか周りからよくよく城内のしきたりなど学ばれるがよい」
直弼「なに・・・」
こぶしを握り締める直弼。
阿部がまずいという表情をし、
阿部「とにかく」
頭を下げながら
阿部「報告が遅くなったことはお詫び申し上げる。火急の儀は国書をどう扱うかにござる。無下に扱うのもいいでしょう。さすれば即刻戦になりまする。われら全員火の玉となって闘い、江戸の町が灰になっても戦い抜くまで」
直弼「・・・」
諸侯達「・・・」
阿部「国書については溜間詰の各位にもよく吟味頂きたいと思っております。伏してよろしく申し上げまする」
平伏する阿部。
牧野以下の老中も平伏。
忠優「・・・」
それを見て忠優も平伏。
諸侯達「・・・」

 

○廊下
引き上げていく老中衆。

 

○溜間
残って協議をしている溜間勢。
高松侯「伊賀守忠優、傲慢なやつめ」
諸侯B「たかだか上田5万石の分際でなんたる厚顔」
諸侯A「譜代筆頭酒井の出だからじゃろう、頭に乗りおって」
直弼「・・・」
直弼の復讐に燃える目。

 

 

 

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