開国の父 老中・松平忠固

【838】第3話 B2 『岩瀬・永井・堀の登用』≫

○江戸城・御用部屋
上座に阿部正弘(36)、下座に三人の男が平伏している。
3人はそれぞれ堀利煕(35)、永井尚志(37)、岩瀬忠震(35)。
N「長崎に来航したプチャーチン、そして来るべきペリー再航、イギリス・フランス艦隊襲来に対抗するため、阿部正弘は人材の登用を急いだ」
アメフト体系のがっちりした堀。
『堀利煕』
N「堀利煕、この時35歳。ペリー来航直前の嘉永6年(西暦1853年)5月14日に海防掛目付に登用される。出身は2500石の大目付家で家柄がよく、3人の中では最も出世が早かった。昌平黌大試天保14年合格。正義感が非常に強く、文武両道に秀でていた」」

 

○北海道
北海道・樺太の地図。
函館を見下ろす高台から図面を開いて従者に指示を出している堀。
五稜郭。
N「台場建設に携わった翌年には蝦夷にわたり樺太を視察、そのまま函館奉行となり、北方防備開発のグランドデザインを作った。函館・五稜郭や開港する横浜の設計造成も堀の力が発揮されることになる」

 

○江戸城・御用部屋
温和そうな表情の永井。
『永井尚志』
N「永井尚志、37歳。この年の10月8日、海防掛目付に任じられる。3000石の旗本家出身で3人の中では最高の血筋であった。昌平黌大試嘉永元年合格」

 

○浦賀造船所
軍艦が建造されている。
それを指揮している永井。
N「これより2年後に開設する長崎海軍伝習所の初代総監理となり、やがて軍艦奉行となる。伝習所の1期生に勝海舟がおり、勝を自分と同じような出世の道に導くこととなる」

 

○江戸城・御用部屋
冷静沈着な岩瀬。
『岩瀬忠震』
N「岩瀬忠震、35歳。ただ一人幕末三傑及び幕末三俊として後世に評価され、天才の誉れが高い。昌平黌大試天保14年合格。3人に共通するのは全員昌平黌大試の合格者であるということで、阿部が英才の登用を図っていた事が伺える。中でも岩瀬は若くしてその昌平黌で教授をしており、どんな問題にも対処できる頭脳を持つとして、他の2人とは違い、阿部は自分の手元に置き、諸問題に対処させた」

 

○御殿山・下
品川沖にて砲台が建造されている。
船をつけている御殿山の麓で、休憩している人足たちの前で話をする岩瀬。
岩瀬「皆の衆は非常にいい仕事をしている。しかしながら、この台場普請は一刻の猶予もない。そこで、1番から6番台場の中で年内に完成を見た台場の団員には給金を3割増しとする」
皆「おおー」
歓喜が上がる現場。
岩瀬「そして、最も早く完成した台の団員には、給金を倍といたす」
皆「おおおー」
男A「こういちゃいられねーぜ、団長。はやくいきやしょう」
男B「ダンナ、3番には負けられませんぜ」
男C「おうし、皆の衆いくぜ」
皆「おおー」
小走りに散っていく男達。
岩瀬「言うまでもないが手抜きは厳禁ぞ」
その様子にあっけにとられる事務方。
事務方「あのう、そのようなことをされてよろしいでしょうか」
岩瀬「ん?、ああ、大丈夫だ。ご老中にも勘定奉行にもご承認頂いている、思い切りやれとな」
にこっと微笑む岩瀬。
建造されている1番から6番までの台場。
N「ただ岩瀬家は800石の旗本で、ペリー再航時に目付に登用されるが、目付の禄は千石なので現役の父の上役になる出世として幕府開府以来の前代未聞の大抜擢となった」

 

 

 

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