開国の父 老中・松平忠固

【876】第5話 C4 『家定 vs 忠優』≫

○江戸城・外観
桜は散り葉桜になっている。
家定の声「今日これから拝謁じゃと」

 

○同・庭
鯉に餌をあげている家定に対し、本郷が言上している。
本郷「はい」
家定「余は今日は忙しいのじゃ。鯉に餌をやらねばならぬし、午後には松の選定もしなければならぬのじゃ。そんな時間はないぞ」
本郷「ですが、伊賀守様がどうしても火急の用とのことで」
ピクッとそれまでおどけていた家定の表情にわずかに真剣な色が見える。
またおどけて
家定「伊賀守か。余はあやつは好かん。あやつはどうにも偉そうじゃ」

本郷「伊勢守様のことで、ということでございます」
家定「・・・」
興味なさそうなふりをして
家定「では通すがよい。勝手に話す分には余は知らぬわ」
本郷「ははっ」

 

○同・庭
美しい松。
その松に止まっている鳥。
その鳥の写生をしている家定。
書き上げた絵をはらりと放り投げる。
放り上げられた絵のところに鎮座している忠優。
その絵を見ると、ひどい適当な絵。
鳥の目だけが異常に強調されて書かれている。
忠優「・・・」
その鳥の目に心を射抜かれたように、ギクッとする忠優。
家定「余は忙しい故、話があれば勝手に申すがよい」
忠優「はっ。阿部伊勢守より老中辞意の願いが出されておる件でござりまするが、上様はどのようにお考えで」
家定、話しには興味なさそうに、絵を描きながら
家定「本人が辞めたいと言っておるのじゃ。そのようにすればよいではないか」
忠優「恐れながら、阿部殿はやめるべきではありません。阿部殿でないとこの日本国存亡の危機にある未曽有の現状を乗り切ることはできませぬ」
家定「ふーん。そうかの。人材はたくさんおると思うがの。水戸もいるし彦根もおる」
忠優「その二人では話になりません」
家定「なぜじゃ。二人とも頼もしいぞ」
忠優「水戸が力を持てば、その取り巻きである薩摩や越前、伊予、肥前など外様の力が増大し、ご公儀の屋台骨が崩れるでしょう」
家定「・・・」
刹那に見せる真剣な顔。
すぐにふざけたそぶりになる。
家定「なるほどのー。で彦根は」
忠優「彦根は論外です。姑息な手段で溜間を掌握しましたが、藩主として所領統治の経験さえなく、ましてや公儀を担う力など皆無でしょう」
家定「ほう、そんなもんかの。だがまだ人材はおるぞ」
家定、ニヤリとする。
家定「松平伊賀守忠優じゃ」
忠優「・・・」
家定「伊勢及び牧野が退任するとならば、序列的に乗全とお主が上位となる。となれば老中首座は自然とお主となろう。どうじゃそれで。うん、そうしよう」
家定、にこにこした中に明らかに殺気が忍ばれる。
忠優「・・・」
家定「ま、帰って首座就任の口上でも考えるがよい。よし、終わり」
家定、席を立っていこうとする。
忠優「お待ち下さりませ」
歩を止める家定。
忠優「ありがたき幸せなれど、上様がなさるべき決断は阿部伊勢守を慰留されること。それが上様にとって、そしてこの国にとって最良の選択にござります」
平伏する忠優。
家定「・・・」
平伏する忠優を見る家定、ニヤリとする。
家定「そうか」
『おお、厠へ行きたくなったわ』などと言いながら走って去っていく家定。
忠優「・・・」

 

 

 

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