開国の父 老中・松平忠固

【904】第7話 B4 『海軍伝習所』≫

○長崎
出島の様子。
西洋軍艦スームビング号が停泊している。
『長崎』
出島の脇に建てられた海軍伝習所。
黒い軍服を着た大勢の日本人たちが行列をなして伝習所の門をくぐっている。
N「安政2年(西暦1855年)7月22日、長崎にて海軍伝習所が発足した。オランダ人を教官として、寄贈された軍艦スームビング号、後の観光丸を練習船とした軍艦の操縦術をはじめ語学・造船・医学などの教育が行われた」
永井とクルシウスやオランダ人が並んで立っている。


N「初代総監に永井尚志、幕府伝習生は第一期生に37名、翌年の第二期生が12名、第三期生で26名が入校した。一方諸藩からは計128名が入校し、そのうち外様である薩摩・肥前・筑前・肥後の4藩で8割を占め、譜代は1割にも満たなかった」
オランダ人と話している赤松。
握手をして別れる。
声「へぇ、もうオランダ人と話ができるのかい」
赤松、振り返ると勝麟太郎(32)。

赤松「これは勝先生。いや、まだ挨拶程度です」
勝「それでもてぇーしたもんだ。俺なんざ文字は何とか解読できるがな。話しは全然ちんぷんかんぷんだ」
赤松「ははは、また御冗談を。ま、とにかく早くオランダ語にしろ、航海術にしろ学びたいです」
勝「ああ、だが発足はしたが開所式はどうなるかねぇ」
赤松「どういうことです」
勝「水戸の御老公だよ。なんでも先日参与を辞任しちまったらしい。この海軍伝習所にも受講生が多いが、薩摩・肥前・筑前ら外様大名たちが騒いでごたごたしているらしい」
赤松「そ、そうなのですか・・・」
勝「おらぁ筆頭格だからな。永井様から伺った。まさか中止にはならんと思うが」
赤松「・・・」

 

○江戸の町(夜)
月灯りに照らされる江戸の町。

 

○薩摩藩邸(夜)
西郷と東湖が話している。
西郷「御老公は参与辞任されて以降、いかがお過ごしです」
東湖「しばらくは収まらぬだろな。阿部殿のお使者にも取り次ごうとはせぬ」
西郷「そうでごわすか」
東湖「だが、今回の騒動のおかげで我ら水戸藩は表立って京と連絡が取れるようになり申した。これは非常に画期的なこと、大きな前進でござる。早速京へ使いを送ったところでござってな。これもひとえに薩摩殿のおかげで」
西郷「薩摩は何もしておらん。東湖先生の訴えが通じたのでござりましょう」
東湖「いや、この状況、講武所や海軍伝習所開設のこの刹那だからこそ。薩摩殿のご教授の賜物でござる」
西郷「一つ門はこじ開けましたな。さて、次が本丸でごわす」
東湖「難攻不落の上田城か。我が徳川家にとってはまさに鬼門・・・」
西郷「実は先日、初めてお会いしたでごわす、上田候に」
東湖「ほう、どうでござったか、西郷殿の印象は」
庭に見える月を眺めて
西郷「月・・・」
東湖「?」
西郷「そう、月のような方でした。静かで冷たい輝きを宿し、それが心の中まで射抜かれるような・・・」
東湖「・・・、西郷殿・・・」
西郷「心配ござらん。我が殿は言うならば太陽。いまこの日本国に必要なのは太陽のごとき熱き想いじゃ」
東湖「うむ。ちょうど日の丸も我が国の総旗印になったことじゃ。まさに天啓ですな」
西郷「来週の上様への海軍伝習所発足報告の儀、御老公は登城なさいますでしょうか」
東湖「うむ、上様への謁見は問題なかろう。万が一でも私が意地でもお連れ致します。後の席で阿部様が参与復帰を願われるとも聞いております。それはお任せを」
西郷、頷く。
そして月を見上げる。
その月に雲がかかる。

 

○墓地(夜)
雲がかかる月。
薄暗い月明かりに照らされ、かがり火がたかれて幻想的な墓地。
数人の付き人に従われ、墓碑に参拝している忠優。
決意のある力のこもった眼で前を見据える忠優。
忠優「・・・」

 

 

 

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