開国の父 老中・松平忠固

【937】第9話 C1 『一喝』≫

○上田藩邸・外観

 

○同・応接間
忠固が慶永を応接している。
忠固の脇には家老の藤井、剛介。
慶永の脇には中根と左内。
一同緊張した空気で向かい合っている。
忠固がおもむろに、頭を下げる。
忠固「頂いたご厚意を返してしまい、無礼をお許し下され」
その姿に驚く剛介、藤井、慶永、中根。
左内は冷たく観察している。
慶永、気を良くする。
中根、左内、『いけるか』という顔。
慶永「そこじゃ、単刀直入にそこのところを聞きたくて来たのじゃ。伊賀殿は実際、一橋慶喜様を支持して頂けるのかな」
忠固「・・・」

一瞬面倒くさい顔を見せるが、すぐに思い返し、
忠固「もはやメリケンの駐在領事がこの江戸に向かっておるのですぞ。今はそれどころではありますまい」
慶永「来るから早くせねばならぬのではないか。恐れ多くも上様をメリケン人を会わすわけにはいかない。一刻も早く聡明なる将軍継嗣を決定しなくてはならぬ。それは伊賀殿も分っておるだろう」
忠固「何をです?」
慶永「何を?って、上様じゃ異国大使の相手ができるわけがなかろう。いや、現に上様はハリスどころか誰ともお会いにならんではないか。もはやどうにもならん」
藤井・剛介「・・・」
中根・左内「・・・」
静まり返る場。
忠固「・・・。分り申した。それについては我が確認して後日、慶永殿にお知らせ申す」
慶永「・・・」
話が済んでしまい、気まずい空気。
じれて橋本左内が口をはさむ。
左内「恐れながら」
皆が左内の方を向く。
慶永「これはわしの側付にした橋本左内、蘭学をたしなんでおる」
忠固「ほう」
左内「伊勢守様もなくなり、これまでの公儀体制ではもはや押し寄せる異国の対応はできませぬ。ここは有力大名も政治参加し日本国総力を挙げて対応すべきだと考えまする」
忠固「・・・」
左内「譜代大名だけでなく、御家門・外様も含めた政治体制の構築、となると上に立つべきは御家門ということになります」
忠固、表情が険しくなる。
左内「御家門筆頭・松平越前守慶永様、つまり我が殿が大老となることこそ、最も理想的な体制ではないでしょうか」
自信満々の左内。
満足そうな慶永と中根。
心配そうな藤井と剛介。
忠固の握り締められる拳。
大声で叱責しようとした刹那、目に入る脇差。
こみ上げた怒りを飲み込む忠固。
忠固「・・・。そのようなことを申すでない。陪臣が政に口をはさむのは御法度。控えるがよい」
左内、穏やかな拒絶に『いける』と思い、さらに続ける。
左内「いいえ、控えませぬ。メリケン、エゲレス、ロシア、西洋列強がこの日本を狙っている今、それが分る者は声を上げ、それが分らぬ者、分ろうとせぬ者を振り向かせなくてはならない、そう考えまする。控えるつもりはありません」
目を閉じ、大きく息を吸い、感情的にならないように注意しながら
忠固「ばかもの!」
びくっとなる左内。
驚く慶永や中根、藤井や剛介。
忠固「陪臣が政に口を出せば死罪になる。そうして有能な者たちをこれまで失ってきたのじゃ」
崋山を思う忠固。
忠固「大老じゃと。ましてや上様の継嗣じゃと。恐れ多いにも程がある。控えよ」
一喝され、たじろぐ慶永、中根、左内。
平伏する左内、唇をかむ。
忠固「中根殿、若い者の教育は年配者の努め、貴殿がよくよく言い聞かせねばならぬではないか」
中根「は、はぁ」
忠固「それに、家臣たるもの主君が誤った方向へ行く時は命に代えてでも注進し気付かせる、それが真の家臣の務めではござらんか。しっかりなされよ」
慶永「・・・」
中根、不機嫌に平伏する。

 

○同・廊下
慶永・中根・左内が帰っている。
中根「なんたる傲慢。御家門筆頭たる殿に対してなんたる言いよう。話になりませんな」
左内「あの人は昔の考え方で凝り固まっているのでいくら改革を叫んでも通じないでしょう。まさに溜間。妥当すべき既得権者です」
中根「うむ。もはや殿、あやつは除外し首座殿に集中された方が」
慶永「うむ」
歩いていく三人。

 

 

 

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