開国の父 老中・松平忠固

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その名が知られていない松平忠固

松平忠固をご存知でしょうか。

幕末、日米和親条約・日米修好通商条約を締結した際の幕府閣僚・老中で、ペリー来航時に交易による積極的開国を主張した唯一の閣僚であり、上田藩主として名産の生糸を輸出する道筋をつけ、昭和にまで至る日本を支える生糸貿易へと導いた人物です。

そんな松平忠固ですが、その多大だと思われる功績に対して評価は高くありません。

教科書に出てくることはないし、その名を知る人さえほとんどいないような状況です。

私も西郷や龍馬など幕末史が大好きでしたが、実は松平忠固というその名前さえ知りませんでした。

 

 

きっかけ

知るきっかけとなったのは、2008年リーマンショックの経済的混乱から金融史を調べるうちに出会った2つの事実です。

その一つは『日米修好通商条約が締結時は不平等条約ではなかった』こと。

もう一つが『日米和親・修好通商条約が肯定した人物によって積極的に締結された』ことです。

そして、その両条約を主導的に締結した人物こそが、松平忠固であったのです。

 

 

なぜ無名なのだろう、それなら

小学校から大学まで歴史の成績だけは良かったので、とてつもなく衝撃を受けました。

なぜ知らなかったのだろう・・・

なぜこんな功績のある人が無名なのか・・・

調べていくにつれ、もっと多くの方々にこの事実を知ってもらいたい・・・、埋もれたままにしておくのは命がけの仕事をしてくれたこの御方に申し訳ない・・・

そんな思いから、この『松平忠固史』のサイトを立ち上げさせて頂きました。

 

 

ご挨拶

とはいえ一介の歴史愛好家に過ぎませんので、歴史家の先生方や上田をはじめ皆様のお力添えを得ながら、松平忠固の研究を深め情報発信していけたら、と考えております。

未熟者ではありますが、よろしくお願い申し上げます。

 

HP名:松平忠固史|開国・生糸貿易の父

運営者:本野 敦彦(慶應義塾大学経済学部卒、東方商館株式会社 代表取締役)

事務局:東京都千代田区丸の内2-2-3 東方商館株式会社内

 

 

 

 

 

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