開国の父 老中・松平忠固

【846】第3話 D2 『西郷吉之助』≫

○桜島(夕)
夕日に照らされる桜島。

 

○武家屋敷・表(夕)
籠から降りる足。
降りてきたのは斉彬。
側には3人の従者達。
斉彬「ここか」
従者「は」

 

○武家屋敷・庭(夕)
広い道場とその前に広い庭が広がる。
庭には立木がいくつもさしてあり、数十人の若者が立木に向かって剣を振るっている。
示現流の独特の稽古。
きえーとの叫び声とともに剣を強烈に打ち付けている。
有馬新七(27)や有村俊斎(22)が若者たちの脇を回って指導をしている。
有馬「おら、気合が足らんぞ、気合が。示現流に二の太刀はなか。一撃じゃ。一撃に全てを込める。一振り一振りに気を込めんか」
きえーとひときわ大きな声で稽古する若者達。
建物の縁側には4人の男たち、西郷隆盛(25)や大久保利通(23)、吉井友実(25)、伊地知正治(25)が座っている。
西郷は後ろ姿。
吉井「それにしても、我らが殿・薩摩守斉彬候がお国に戻られてすでに半年。前回のお国入りは藩主にお成りあそばされて初めてのお国入りじゃっどん、様子見というのは分かりもすが、もう今回は満を持してでごわす」
伊地知「そうじゃ、高崎崩れで処罰された者の恩赦、いいかげん出されてもよき時期じゃ」
捕縛されていく図。
N「高崎崩れ。前藩主・島津斉興の後継者として側室お由羅の子・島津久光を藩主にしようとする一派と嫡子・島津斉彬の藩主襲封を願う家臣の対立によって起こされたお家騒動で、斉彬派は4名の切腹をはじめ50名もの藩士に厳しい処分が下され、自栽した者も多数出た事件のことである」

切腹する図。
大山「まさにそうじゃ、のう、大久保さぁ」
『大久保一蔵(利通)』
大久保「・・・」
動じない西郷の背中。
声「なんじゃとー、もう一度言ってみい」
稽古場から怒号、喧嘩が発生する。
有馬が俊斎に突っかかっている。
有馬「貴様、それではお由羅に組する者どもへ正義の鉄槌をくらわさんというのか、切腹させられた赤山様ほか同志の恨みを晴らさん、というのかー」
俊斎「そうはいっとらんが、斬るのはまずいんじゃないか」
有馬「貴様ー、この腰抜けめ」
ぼかと殴る有馬。
俊斎「やりやがったな」
つかみかかる俊斎、取っ組み合いになる。
あちこちでも喧嘩が発生する。
やめろ、やめろと仲裁する大久保。
有馬「大久保さは腰抜けか。父君が島流しにされ、おまんはいつになっても無役でブラブラしおって。それでえーんか、おまんは」
大久保「なんだと」
大久保まで取っ組み合いに入る。

 

○庭影(夕)
その様子を見ている斉彬ら。
斉彬「むう、これはまずいな」
斉彬、出ていこうとするが
別の声「よい、よい」
その声にぴたっと止まる斉彬の足。

 

○庭(夕)
縁側に座している後姿の男、姿が現れる。西郷吉之助である。
『西郷吉之助(隆盛)』
止めに入ろうと立ち上がった吉井を静止する西郷。
西郷「よいよい、たまってるもんは出したらいい。その方がすっきりする」
しばらく喧嘩を眺めている。

 

○裏山(夕)
蝉が鳴いている。

 

○庭(夕)
西日が照らしている。
喧嘩疲れしている皆、座り込んでいる。
西郷、立ち上がり皆の方に寄っていく。
西郷「おいもなぜ殿をおもんばかって立ち上がり、そして不当に処罰された者達の恩赦をなぜしないのか、不思議に思っちょった」
皆が西郷を見る。
西郷「殿は決しておい達の義を顧みない方ではござらん。それは殿が殿になられて以降行われた数々の政策を見れば分かる。農業政策ひとつ見ても殿が領民の為を思われているのは明らかじゃ」
有馬「じゃなぜ殿は我らの思いに応えて下さらんのじゃ」
敵意むき出しの有馬の顔。
有馬を見る西郷、有馬に向かって歩いていく。
横まで来て有馬を見下ろす西郷。
握られるこぶし。
にらみながら西郷を見上げる有馬。
手が伸び、がしっと有馬の肩をつかみ、どしっと有馬の隣に座る。
西郷「ここで再びお由羅派との抗争が勃発したらこの薩摩はどうなる。報復に報復が重なり泥沼の争いになる。殿はそれを危惧なされているに違いない。いや、そんなんじゃない。おいは殿はそんな薩摩の小さな話ではなく、もっと大きな目でご覧になられていると思うのじゃ」
有馬「なにい」
俊斎「大きな目ち、殿も西郷どんには言われたかなかろう」
西郷の大きな目。
ははは、と笑いが起きる。
西郷「大きな目というのは、薩摩ではなくこの日本じゃ、殿の目はこの日本国全体を見ているに相違なか」
皆、その話に聞きほれている。
まだ納得いかない有馬。
有馬「じゃどうすればよかか。このまま恨み晴らせずに過ごせ、いうのか」
静まり返る場。
じっと有馬を見る西郷。
西郷「信じるんじゃ」
皆がはっと顔をあげ、西郷を見る。
西郷「殿を信じるんじゃ。きっと殿は我らの思いを汲んで下さる。我らのことを思って下さる。しかるに」
立ち上がる西郷。
西郷「だからこそ、我らもどんなことがあっても殿を信じ、いついかなる時も遅れを取ることなく、殿の期待に応えなければならぬ」
有馬「・・・」
皆「・・・」
有馬、ばっと立ち上がり、
有馬「チェストー、おいはやるぞー」
立木に向かい、ばんばん打ち込む。
皆も立ち上がり、
皆「おいも」
いま「おいもじゃ」
皆、きえーと叫びながら立木を打つ。
満足げな西郷の笑顔。

 

○庭影(夕)
それを見ている斉彬。
斉彬「あれは誰じゃ」
従者「あれは二才頭の西郷吉之助にございます」
斉彬「西郷吉之助、知っておるぞ。何通も建白書を送ってきよる二才じゃ。その中身もなかなかのものである。そうか」
満足げな斉彬。
庭の方に歩き出す斉彬。
慌てて止めようとする従者。
従者「いけません、殿。このような場所で二才どもの前にお顔をお見せになるなど」
斉彬「よい」

 

○庭(夕)
斉彬と従者達が西郷らの元に姿を現わす。
一同「・・・?」
誰か来たんだと不思議そうな一同。
西郷「あれは・・・」
大山「と、殿・・・」
『え?殿?』『と、殿だ』『殿』と口々に聞こえる声。
斉彬が進み出る下座へさーっと一同並び平伏する。
先ほどの喧騒と裏腹に整然と静まり返る場。
斉彬「斉彬である。皆の者、面を上げよ」
顔を上げる一同。
斉彬「この場にいる者達には礼を言うのが遅れた。高崎崩れの際にはこの斉彬の為によく尽くしてくれた。礼を申す」
一同「・・・」
斉彬「命を賭して尽くしてくれた者達のこと、この斉彬、終生忘れぬ。残された家族も決して悪いようにせん。いまだ遠島などに処せられる者も必ずや罪が解かれる時がくる。それまできっと待っておるのだ」
おおーと号泣する有馬。
『と、殿』というあちこちの言葉。
斉彬の温かい言葉にすすり泣く声。
斉彬「いまこの日本国は、存亡の危機に立たされておる。そして、いまこの日本国は、この島津斉彬の力を必要としている」
一同「!」
斉彬「薩摩の為ではない。この日本国の為である。この日本国の為に、そなたたち二才の力、この斉彬、大いに必要である」
一同「!!」
斉彬「この斉彬を信じ、力を貸してくれ」
西郷「・・・」
大久保「・・・」
一同「・・・」
みな、斉彬の姿に見とれ、その言葉に感激して放心状態である。
斉彬「ついてきてくれるな」
一同「はっ」
一同、決意の表情で平伏する。
満足げな斉彬。
斉彬「西郷」
最前列中央にいる二才頭の西郷。
ぽかんと顔を上げる。
斉彬から声をかけられるなど思ってもみなかったのだ。
斉彬「今度の江戸への参勤、参加の希望を出さなかったようだな」
西郷「え?・・・、は、はいー。申し上げるまでもなく江戸には行きたかでごわす。じゃっどん、家族のことがあって」
斉彬「それは先ほど聞いた。家族のことは心配せずとも良い。後顧の憂いなきよう取り計らう。この斉彬と共に来るのだ」
西郷「殿と共に・・・」
斉彬「そうだ。行くぞ、江戸へ」
力強くうなずく斉彬。
呆然から決意の表情に変わる西郷。
西郷「この西郷吉之助、殿の為に粉骨砕身、この身を賭けて、尽くさせて頂きもす」
斉彬「うむ」
見つめ合う斉彬と西郷。
夕日がその場を赤く照らしている。

 

 

 

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