開国の父 老中・松平忠固

【853】第4話 B1 『忠優が岩瀬を助けた理由』≫

○江戸城・勘定部屋
うず高くつまれる書類の山。
ものすごい勢いで弾かれるソロバン。
弾いているのは井上清直。
声「この書類はもう終わったのか」
顔を上げる井上清直。
石河が井上を見下ろしている。
無表情のままの井上、眼光鋭く。
井上「御意」
石河「いくら勘定方は身分にとらわれない実力本位とはいえ、この量をこの短期間で終わらせるとはな」
井上「恐悦至極」
石河「さすがは御前が目をかける井上清直よの」
井上、表情を変えず会釈する。
そこへ入ってくる岩瀬。
岩瀬「・・・、御奉行。ちょっとお話が・・・」

 

○同・庭
思い詰めた表情の岩瀬。
岩瀬「・・・。私は分かりませぬ」
石河「なんだ、岩瀬。そちに分からぬことなどあるのか」
岩瀬「・・・。あの方が何を考えておるのか分からないのです」
石河「あの方とは」
岩瀬「御老中・松平伊賀守忠優様です」
石河「・・・」

慎重に岩瀬の表情を読む石河。
岩瀬「なぜあの方は私をお助けになったのでしょう。あの方は私を嫌っているはず。それなのになぜ私の窮地を救ってくださったのか」
石河「御前がなぜお主を嫌っておるのだ」
岩瀬「それは・・・」
口ごもる岩瀬。
石河「まあ、よい。わしが口で言ってもそちの胸には伝わるまい。自分で確かめるがよい。今日は御前は神奈川に行っておる」
岩瀬「神奈川・・・」

 

○横浜・山手(夕)
夕日が差す横浜湾を見下ろす高台。
忠優と象山、それに香山が図面を片手に湾を見下ろしている。
そこへ到着する岩瀬。
岩瀬に気付く忠優、佐久間、香山。
香山「ん?」
岩瀬「台場普請に携わっております徒頭・岩瀬忠震にございます」
佐久間「台場・・・」
忠優「なんだ、岩瀬か。象山、この男が阿部殿の秘蔵っ子じゃ。この男は当代きっての天才だと言われておるぞ」
佐久間「当代きっての天才じゃと。当代きっての天才、不世出の天才はワシじゃ。ワシ以上の天才などありませぬぞ」
忠優「ははは、どうかのぉ。して、岩瀬。何用か」
岩瀬「はっ。先日は評定の場で窮地に陥った私を御救い頂き、誠にありがとうございました」
深々と頭を下げる岩瀬。
岩瀬、口ごもる。
が、意を決して話し出す岩瀬。
岩瀬「・・・。な、なぜ私を御救い下さったのです」
不思議そうな顔の忠優。
忠優「なぜ?。あのような下らぬ理由で腹を斬るなどバカバカしすぎるではないか」
あっけらかんとしている忠優。
岩瀬「伊賀守様は私のことをお嫌いなのではないですか?」
忠優「嫌い?」
岩瀬「なぜなら・・・、私は林大学一門の出です。貴方様をかつて寺社奉行から失脚させた鳥居耀三は叔父にあたります。ですので我が生家では当然貴方様の評判は著しく悪い。敵ともいえる相手をなぜ助けたのか。それに、貴方様が叔父の言うようにただの傲慢で自己中心的な人間とは思えない。メリケンに対する和戦の議論も何か全く別のことを考えておられるような・・・」
興味深く岩瀬を見る忠優。
忠優「岩瀬、我は今ここで何をしていると思う?」
岩瀬「今ここで・・・」
考え込む岩瀬。
にやりと岩瀬を見ている忠優、佐久間、香山。
岩瀬「!、まさかここから・・・。はっ」
金沢方面を見下ろすと遠くにペリー艦隊が投錨しているのが見える。
岩瀬「(今からではとても迎撃態勢を整えることなどできない。戦でないなら和。とすると・・・)」
考え込んでいた岩瀬、忠優を見、
岩瀬「浦賀に戻ることを断固拒否しているメリケン共に対する交渉の地を探っておられる?」
香山「!」
佐久間「!」
忠優「ほう」
驚く佐久間。
佐久間「こ、こやつ。誰かに聞いたのであろう」
香山「ははは、さすが噂にたがわぬようであるな、そなたは。わしは香山栄左衛門じゃ。前回ペルリがやってきた時に応対した浦賀与力じゃ」
頭を下げる岩瀬。
香山「岩瀬、もし今回、わしの出番が来たらそれが最後だと思うておる。失敗しようものなら責任をとらねばならぬ」
岩瀬「・・・」
香山「そうなれば、次はお主だ」
岩瀬「・・・」
忠優「武士は常に覚悟が必要。我とて今回のことが失敗しようものなら、覚悟を決めるつもりだ」
岩瀬「御老中が・・・」
岩瀬、ごくりと生唾を飲む。
忠優「次なる交渉は岩瀬、貴様や水野、堀、永井らが行わなければならぬ。分かるか」
岩瀬「はっ」
岩瀬の覚悟を感じ、頷く忠優。
忠優「うむ」
そこへ佐久間が茶化しながら
佐久間「おまえ、本当は知っておったのであろう。我らがここにいる理由を。いや、少なくともこの横浜村が我が真田・松代藩が警護する土地なのは知っておろう」
岩瀬「いえ、本当に聞いてござらん。忠優様は常に切り替えしと言うか代替案をお持ちになる。きゃつらが浦賀に戻らない場合も当然想定なさるだろうと」
にやりとする忠優。
忠優「それよ、貴様を助けた理由は」
岩瀬「・・・」
岩瀬、にやりとして、
岩瀬「そう思った理由がもう一つあります。御老中はとにかく行動するお方。交渉地に関しても自ら動かれるだろうと思いまして。我が叔父を投げ飛ばしたように」
はははと笑い出す忠優。
佐久間「え、何の話でござる?」
忠優「はっはっは」
佐久間「自分だけ笑って。何の話でござる?岩瀬殿」
岩瀬「いえ、私の口からは」
笑いのこぼれる場。

 

 

 

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