開国の父 老中・松平忠固

【919】第8話 B3 『中居撰之助』≫

○バンド地区
湾岸に立ち並ぶ城郭のような洋館郡。
行き交う人間は、白人・黄色人・黒人・褐色人もいる。
幅広い道には馬車が行き交っている。
一頭の馬に引かせた二人乗りが多いが、二頭の馬に4,5人が乗っている馬車もある。
鞭を片手に背筋をしゃんと伸ばして馬にまたがり、悠々と歩く夫人の姿もあった。
忠優・水野「・・・」
感嘆している二人。

 

○茶製造所
巨大な石造りの平屋の工場。
中には炉が数えきれないほどある。
大きな鉄鍋に茶葉が炒られ、二本又の棒で茶葉を二人の男が攪拌している。
室内はむせ返る暑さで蒸気が満ち、男たちは全身汗まみれである。
また別の建屋では女・子供たちが釜炒り場から送られてくる茶葉を手でもんでいる。
乾燥させた茶をもう一度蒸し、柔らかくなった茶を鋳型にはめて圧縮し、最終製品に仕上げている。
それらのスケールの大きさにも驚く忠優と水野。

 

○馬車上
馬上の忠優、水野、音吉、クルシウス。
音吉「交易の王者はやはり茶です。輸出商品の半分以上を占めています。ただアヘン戦争に続く内乱の為生産が落ち込み、イギリスの要求に応えられなくなっています」
忠優「茶か・・・」
水野「オランダは茶を買わぬようですな。なぜです?」
クルシウス「・・・。茶の売買はイギリスが独占しています。それにイギリスではアフタヌーンティの習慣が根付いていますが、オランダは茶を飲まぬです」
忠優「・・・」
考え込んでいた忠優、意を決して
忠優「音吉、生糸はどうだ」
音吉「生糸?そうですね。生糸も輸出品の一角を占めています」
忠優「ではこれはどうか。売れぬか」
懐から生糸のサンプルを三種類出す。
音吉「これは・・・?」
忠優「日本の生糸だ」

触ってみて目の色が変わる音吉。
音吉「これが日本の生糸・・・」
クルシウスも手に取って見る。
音吉、震えながら
音吉「これを売るのですか?」
忠優、音吉の言葉に残念そうに
忠優「売れぬか」
音吉「ち、違います。この生糸、ちゃんと量はあるのですか、外に売れるほどの量が」
忠優「うむ、それはあるが売れるか」
音吉「売れるどころではないですよ。これほどの生糸は。しかもいまヨーロッパの生糸生産地であるフランスやイタリアでは微粒子病が蔓延して生糸生産が全滅しています。今なら生糸は幾らでも売れます。しかもこの品質なら幾らでも、しかも値段もどんなに高くしたって瞬時に売りさばけるでしょう」
興奮する音吉。
唖然としている一同。
水野「ほ、本当か、それは」
音吉、頷く。
水野「我らを喜ばせようと大げさに言っておるのだろう」
音吉「それならば、わがデント商会が開港と同時に即座に買い付けさせて頂きます」
水野「・・・。ご、御前・・・」
忠優「・・・」
天を仰ぐ忠優、ついに希望の光が見つかったと目に光るものがある。
一同「・・・」
忠優が感激しているのをそっと見守る一同。

 

○江戸の町
江戸城のお堀が見える。

 

○上田藩邸・外観
声「商いですと?」

 

○同・応接間
家老の藤井(爺)と三千が松田玄仲と話をしている。
玄仲は蘭医の格好をしている。
爺「そうじゃ。異国に上田の生糸を売ってほしいのじゃ」
玄仲「誰がです?」
爺「だから、お主じゃ。お主に頼んでおる」
玄仲「わ、私が?商いを?い、異国に・・・、ですか。そんな突拍子もない・・・、そんなことできるわけないし・・、え?」
三千「貴殿が商人でないことなど百も承知です。承知の上で言っております」
玄仲「そ、そんなばかな話・・・」
爺「殿は老中を辞められたが、異国との交易が始まるのはもはや既定路線。それに備え、異国と商いができる人間を探しているのじゃ」
三千「普通の商人では異人と商いどころか、面と向かうことさえ叶いませぬ。そうなると蘭学を学んでいる者しかおりません。なんとか引き受けてくれませぬか」
困り果てる玄仲。
玄仲「いくら奥方様の御言葉でも、私は蘭方医。異人と接するに抵抗はなくとも、そもそも商いをしたことがないので、やり方さえ皆目分からず・・・」
三千「殿の希望でもあるのです」
玄仲「と、殿の・・・」
考え込む玄仲。
はっとひらめき、
玄仲「分かりました。私に考えがあります。私の蘭学仲間に日本橋三丁目で商店をやっている者がいます。その者に頼むということではどうでしょう」
三千「その者の名はなんと」
玄仲「中居撰之助」

 

○中居邸・応接間
中居撰之助の顔。
撰之助「お断りいたします」
撰之助と相対する玄仲、呆然とする。
玄仲「な、なぜ・・・」
撰之助「なぜも何も、なぜ俺が生糸なぞを売らなければならないのか。俺は確かに商店を開いてはいるがこれはあくまで生活のため。俺の書した『集要砲薬新書』、序文は高島秋帆先生に書いて頂いているが、今や全国にその名が轟くようになり、その解説や火薬の講義などで大名からも引く手あまただ。これからいよいよ大きな仕事ができると思っている。玄仲、お主なら俺の気持ちが分かるだろう」
玄仲「それは・・・。分かる。お主が広く西洋の卓越した技術を世間に知らしめたい、と思っていることは。だが、某と一緒にやらんか。異人と商いするにはお主の力がどうしても必要なのだ」
撰之助「・・・。申し訳ないが断る」
玄仲「撰之助・・・」
撰之助「・・・。俺は商人の子。武士ではない。だが、商人でなく武士のように生きたい。損得などくそくらえだ。誇りをもって生きたいのだ」
玄仲「・・・」

 

 

 

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