開国の父 老中・松平忠固

【899】第7話 A3 『1ドル=1分』≫

○勘定奉行・御用部屋
石河と井上が、水野を迎えている。
水野「新年、おめでとうございます」
井上は深々と平伏している。
石河「謹賀新年。どうだ、水野。勘定奉行は慣れたか」
水野「御奉行、慣れるも何も年末の24日に辞令を頂いてまだ幾日も経っておりませぬ」
石河「はは、そうか。態度が大きいのでもう慣れたのかと思ったわい」
水野、苦笑する。
石河「まぁ、ともかく昨年はよくやってくれたな。エゲレスと和親条約締結とは御前もたいへん褒めておったぞ」
水野「ロシアもよくまとめましたな。プチャーチンなど安政地震の大津波で軍艦を失ったというのにこの日本で船を一から作って本国に帰ろうというのだから、大した傑物です」
石河「日本人が西洋船の構造を知るいい機会だ。そうそう、先に文書の件だが」
水野「はい」
水野、懐より一分銀貨とメキシコドル銀貨を出す。
石河「我が国の一分銀と西洋の洋銀であるな」
水野「はい。ペルリとの日米和親条約下田協約にて通貨交換比率を一分銀と洋銀一ドル銀貨とで1対1で交換すると取り決めました」
みな、頷く。
水野「先日まで赴任していた長崎で判明したのですが、実は一分銀貨は1ドル銀貨の3倍の価値があるのです」
井上「・・・、それはどういうことです?」

水野「重さに換算すると、一分銀貨は1ドル銀貨の3分の1しかありません。つまり重量で交換比率を決めるとすると、1ドルは3分で交換しなければならないのです」
天秤が用意され、片側に置かれるメキシコドル銀貨。
片側には一分銀3枚が置かれ、釣り合っている。
それを覗き込む石河、井上。
井上「これは・・・」
石河「うむ」
水野「この通りです。今後実際に貿易交渉が始まると、1ドルを3分で交換しろと要求される恐れがあります。そうなると、我らは彼らの物を3倍高く買い、我らの物を3倍安く売らなければなりません」
顔を見合わせる一同。
井上「実際はどうなのですか?実際は1ドルは1分なのですか、3分なのですか」
水野「1ドルは1分である」
井上「では、なぜそのような違いが生まれたのです」
水野「これはご公儀の硬貨改鋳の歴史から来たものと思われます」
金座・銀座の貨幣製造の様子。
水野「これまでの公儀の貨幣政策により、銀貨に含まれる銀の含有量は徐々に減らされてきました。減らす度にそれによる差益で財政を潤させてきたという歴史がございます」
石河「それは長らく勘定奉行をしている自分はよく分かる。幕府財政の約3割は実は為替差益の収入だからな」
水野「はい。そうやって銀の含有量を減らしてきた結果、今では通常の3分の1にまでなってしまったのです」
井上「なるほど。つまり我が公儀は、実際地金としては3分の1しか含まれていない銀を銀貨として流通させている、ということですね。そしてその差益が貴重な歳入となっていると」
水野「その通り」
考え込む一同。
石河「何やら厄介なことになりそうな・・・」
水野「オランダのカピタンがいうには、そんなことは欧米ではありえない。なぜなら品位の落した通貨など作っては贋金が横行するからだと。だから通貨は必ず同重量交換で行う。恐らくメリケンもエゲレスもそれを要求してくるでしょうと」
一同「・・・」
水野「なので、一刻も早く御前に直々にご報告しなければと思っております」
石河、浮かぬ顔で
石河「御前にか・・・。それは難しいかもしれぬ」
水野「は?どういうことです」
石河「いや、報告はできよう。しかし、新年早々、御老公らからの外国との条約締結に対する抗議や全国諸侯への説明などに追われていてそれどころではないのだ」
水野・井上「・・・」
石河「阿部様・牧野様は上様の信任を得たばかりなのでその矛先は全て御前と乗全様に向かっている」
水野「そ、そうなのですか」
石河「とにかく、その件はみな各々で対策を検討するのだ、御前にはわしから報告をしておく。よいな」
一同「はっ」

 

 

 

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