開国の父 老中・松平忠固

【908】第7話 C4 『更迭の秘密』≫

○阿部邸
阿部がふせっている。
目が覚める阿部。
側には謐子。
阿部「ふせってしまったか。わしは何日くらい休んでおった」
謐子「ようやく熱も下がったばかりにござります。まだしばらくはお休みになられた方が」
阿部「いや、寝ている場合ではないのだ。忠優殿が窮地なのでな。わしがいないと」
謐子「はぁ、ですが忠優殿は老中を辞められたとかとお聞きしましたが」
阿部、がばっと起き上がり
阿部「なんだと。それはまことか」
謐子「はい。なんでもご老中更迭とのお話で城中は騒ぎになっているとか」
阿部「更迭?、更迭と申したか。老中首座である私が指示していないのに誰が更迭できるというのか。いったい何が起きている!?こうしてはおられぬ・・・」
起き上がろうとする阿部。
しかし、ふらつく。
謐子が抱きかかえる。
謐子「まだ無理にござりまする」
それでも立ち上がる阿部。
阿部「いや・・・」
寝室を出る阿部。

 

○忠優邸(夜)
忠優が阿部をもてなしている。
阿部はしっかしとした服装で病み上がりとは思えない身なり。
忠優「もう大丈夫でござるか」
阿部「私のことなどどうでもよい。忠優殿こそ大丈夫ではないではないか。老中更迭の辞令が出たですと。いったい誰がなぜそんなことに・・・」
忠優「・・・」
阿部「まさか御老公が上様にはかって・・・、はたまた溜間が・・・、いやしかし、溜間は彦根が今は京におるのでそうは動けないはず」
忠優「更迭をしたのは我です」
阿部「なんですと」
忠優「我は胸襟を開き、我の真の主張を思い切りした。当然受け入れられるわけはなく、御老公をはじめとする世論は囂々。ここまでなった以上、我が辞めなければ収まらぬでしょう」
阿部「しかし」
忠優「ただ辞めるのではなく、阿部殿が更迭したという形を取ることで、今度の件は完全に決着できるでしょう」
阿部「しかし、それではあまりに失うものが多すぎる」
忠優「2月5日に講武所が、7月22日海軍伝習所が開所に至りました。洋学所も今月開所できましょう。やはりこれは御老公の功績が大。それにより富国強兵の強兵の目途は立ち申した。後は強兵の元となる富国。これを断行するのが我の使命だと思っておりまする」
阿部「・・・」
忠優「阿部殿、許して頂けるか」
平伏する忠優。
阿部「許すも何も、罷免などとこのような汚名を着せた状態で、そんなことが。いや、忠優殿がいなくなったら私一人ではとても・・・」
忠優「・・・。私と乗全殿の後任ですが、堀田殿でいかがですかな」
阿部「堀田・・・備中守・・・」
忠優「佐倉候堀田備中守正睦殿にござる。われらが寺社奉行時代の教官でござったな。気脈も通じております上、何といっても周囲に聞こえた蘭癖大名。所領に順天堂という蘭方医学塾も開設するほどの人。異国との交渉にも拒絶反応は示さないでしょう」
阿部「堀田殿か・・・。なるほど。現在溜間詰め、彦根らの暴挙に一定の歯止めも利くか・・・」
忠優「・・・」
『ただ・・・』と言おうとして口をつぐむ忠優。
阿部「・・・」
阿部も堀田がおそらく対処できまいと分かるので考え込む。
阿部「いずれにしても忠優殿が戻ってきてくれねば始まらぬ・・・。ほとぼりが冷めるまで2年、いや3年か・・・」
忠優「阿部殿・・・。その間に我は富国策の準備を取りかかる。ついては、阿部殿にお許し頂きたい儀がござる」
阿部「なんなりとお申し付け下さりませ。今回の義挙の償いにはなりようがないが」
忠優「それでは遠慮なく。実は・・・」

 

○同・庭
鷹がばさっと飛来する。
声「なんと!」

 

○同・応接室
しばらくの沈黙。
阿部「・・・」
忠優「・・・」
阿部「あまりに危険でござる。死ぬかもしれませぬぞ」
忠優「これで死ぬるは本望にて」
阿部「ですが・・・」
阿部、あきらめて
阿部「忠優殿がうらやましい。どこまでも自分の気持ちに従おうとするその姿勢に」
微笑む忠優。
忠優「また月が見事でござるぞ」
月を見上げる二人。

 

 

 

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